【雑記】安全と危険の狭間

安全と呼ぶには危険過ぎるし、危険と呼ぶには安全過ぎる。世の中にはそんな曖昧な状態が多々存在する。安全と危険の間には境界線なんてない。代わりに中間地帯が存在している。そこは安全側の領土ではないし、危険側の領土でもない。安全側にせよ危険側にせよ、中間地帯の領有権を主張するならそれを極論と人はいう。

なんだか気取った書き方をしてしまったけれど、もうちょい具体的にすべく3段階に分けて健康に対する安全水準を書いてみる。

  1. 老若男女誰にとっても安全
  2. 健康な成人にとってはまず安全、しかし抵抗力の弱い乳幼児や高齢者にとっては危険
  3. 老若男女誰にとっても危険

1.ならば話はカンタン。安全である証拠しか出てこない。3.だとしても話はカンタン。危険である証拠しか出てこない。しかし2.はむずかしい。安全である証拠と危険である証拠が両方出てきやがる。さらに困ったことに、世の中には2.に該当するケースが非常に多い。乳幼児の抵抗力はホントに弱いから従来1.だと思われていたケースでも健康被害が発生したことは多々ある。その一方、ひと通りの臓器が正常稼動してる成人のカラダはやたらと頑丈だから、3.でなきゃおかしいような強い毒が相手でも意外と2.に該当したりもする。中国の有毒食品ですら、成人の健康被害は意外と少ないしなあ。

例を一つ。今年話題になったところだと、ユッケは2.に該当する。

「常識レベルの衛生管理してたら成人がユッケを食べてもまず大丈夫。だから規制すべきでない。」

「乳幼児にユッケを食わせるバカ親がゴロゴロいるんだから規制せざるを得ない」

どちらも正論ではある。でもやっぱりユッケが該当するのは2.だ。1.としての安全性はないし、3.としての危険性もない。ムリヤリ安全カテゴリに入れようとしたり、危険カテゴリに入れようとしたりするから話がややこしくなる。過去のユッケによる食中毒の事例を見るかぎり、常識レベルの衛生管理と12歳未満のユッケ禁止でほぼ未然に食中毒を防げるんだから、その辺を落とし所にすればいいんじゃないかな。

「病原性の細菌なんて自然界のどこにでも存在してるんだから安全」

「病原性の細菌がひとつでも付いてたら危険」

こんな極論と極論の応酬は不毛だからもうやだ。右と左とか、体制と反体制とか、改革勢力と抵抗勢力とか、親米と親中とか、ムリヤリ単純すぎる二項対立で世の中を捉えたらロクなことにならないんだし。

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責任追及と原因究明 あるいは事故とどう向き合うか?

相変わらずふと思いついた時だけ更新です、皆様こんばんは。さて以前も書いたネタですが、やたらと言いたい事なのでまた書きます。

 

責任追及原因究明

この2つは混同されがちではあるけれど、本来スパッと切り分けて考えるべき概念なんだ。この2つはそれぞれ異なる目的のための行為なんだ。

  • 何のために責任追及を行うのか?それはウヤムヤで曖昧な過去にケリをつけるために行う

  • 何のために原因究明を行うのか?それは未来を見据え、同様の事例を防ぐために行う

事故やトラブルに際してはどちらも必要なことではある。が、責任が大きければ大きいほど責任追及の声が大きくなり、それと反比例して地道で冷徹な原因追求が遠ざかってしまうのもよくある話。テレビや新聞の報道エンターテイメントではヒステリックに責任が追求され、責任者のクビを切ったらそれでおしまい。その一方、時間をかけた丁寧な検証なんて面倒なことはエンターテイメント道に反するためロクに行われてなんかいやしない。個人や組織が群集心理の攻撃対象に選ばれた時、そこにロジックはないんだ。原因究明や再発防止策の構築には緻密なロジックが必須であるにも関わらず、そこにロジックはないんだ。「事故の再発をどう防ぐのか?」この最重要課題は、いつも責任追及と責任回避の渦に巻き込まれ衆目の届かない所へと消えて行く。だからこそ、充分な原因究明を行うには責任追及と責任回避の渦の中から抜け出すことが必須なんだ。それに何より、過去よりも未来のほうが大事なんだから。

ボーイング737-700機が背面飛行状態に

さて最近の事例を一つ。事故ではないけれど、事故寸前にまで至った重大インシデント。これに関する責任と原因を考えてみる

この重大インシデントのヤバさは、背面飛行状態に陥ったことだけではないんだ。それに加えスピンの一歩手前にまで陥り、スピン回避のための回復操作として急降下せざるを得なかった点にある。それも超過禁止速度をわずかに超えるほどの急降下で、だ。ちなみに曲技飛行の中ではスピン(きりもみ)やスパイラルダイブ、急降下は余りに危険すぎて、それらと比べれば背面飛行や宙返りは見た目だけで比較的安全な機動だったりもする。

・責任

航空法第九十一条や第百五十四条を持ち出すまでもなく、ヒューマンエラーを主因とする以上、責任は機長と副操縦士に帰する。

・原因

まず現時点ではラダートリムの誤操作からスピン寸前にまで至ったプロセスが充分には解明されていないため、早まった結論は禁物。まだ国交省運輸安全委員会の最終報告を待つべき段階。必要期間は過去の事例からみて4~6ヶ月程度かな。現時点で考えられる直接的、間接的原因はざっと以下の2点。

  • 操縦室ドアの開錠スイッチと、ラダートリムのコントロールスイッチの取り付け位置がたった10cmしか離れておらず、おまけに類似の形状と操作方法になっていた
  • ラダートリムの誤動作後、副操縦士の何らかの姿勢修正ミスのためスピンしかねない異常姿勢となる

・対策

そして肝心の今後のための対策。ここで責任ばかりを追求し、「機長と副操縦士が悪い」と責めたてるだけでは安全対策としては不十分なんだ。安全対策は多重であればあるほど充分な効果を発揮するんだから、主因への対策と従因への対策と遠因への対策をまとめて同時に実行するくらいでちょうどいいんだ。ざっと思いつくとこだと

  • ハードウェア面から誤操作を未然に防ぐべくスイッチ類の配置や形状、操作方法を再検討する
  • 誤操作を防ぐためのマニュアル、訓練を再検討する
  • 誤動作を行なってしまった場合に備え、回復操作の訓練を行う

くらいかな。もし原因究明とそれに続く安全対策に点数をつけるならば、事故やインシデントから得られた知見を最大限に活用した場合が満点なんだ。

終わりに

長々と書いたけれど、今回の場合は重大事故には至らなかったため、責任追及と責任回避の渦の中に巻き込まれ原因究明に支障が出ることはないでしょう。近年の運輸安全委員会は速やかな情報公開をキッチリ行なっているし、最近の海外のフォーラムでは世界中の事故やインシデントが即座に多数のプロによって検証されてたりもする。私みたいな元ヘタレグライダー乗りがウダウダと書き連ねる理由は無いともいえる。

ただ、被害が大きすぎる場合はそうカンタンにはいかないんだ。事故の規模が大きいほど責任追及と責任回避の渦は大きなものとなる。そして巨大な渦の内側では、過去ではなく未来を見据えることは難しい。うまく説明することが出来ないんだけれど、本当に難しい。それでも一つ言いたいのは、感情に任せて責任追及と責任回避の渦に飛び込んだって、将来のための有効策には繋がらないんだ。今日本を覆っている、余りに巨大過ぎる責任追及と責任回避の渦に立ち向かえるほど私が強くあれるのかは置いといて。

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【雑記】たたかわなきゃ、現実と

「死の町」発言、野党が批判=経産相は陳謝・撤回

http://www.jiji.com/jc/eqa?g=eqa&k=2011090900547

東京電力福島第1原発周辺を「死の町」と評した鉢呂吉雄経済産業相は9日午後の記者会見で、自らの発言について「被災地の皆さんに誤解を与えた」として陳謝し、発言を撤回した。ただ、野党は「大臣として失格」(大島理森自民党副総裁)などと批判しており、臨時国会で野田佳彦首相の任命責任を含め、厳しく追及していく構えだ。
会見で経産相は「表現が十分でなかった。被災されている皆さんが戻ってこられるように、除染対策を強力に進めていくということを申し上げたかった」などと釈明した。
経産相発言をめぐっては、首相も視察先の三重県紀宝町で記者団の質問に答え、「不穏当な発言だ」と厳しく批判した。藤村修官房長官は記者会見で、経産相が佐藤雄平福島県知事に対し、謝罪の電話をしたことを明らかにした。(2011/09/09-18:19)

東日本大震災からもう少しで半年。いい加減みたくもない現実を直視せねばならない時期ではないかと思いつつ、久々のブログ更新です。

「被災されている皆さんが戻ってこられるように、除染対策を強力に進めていく」

こう口先だけで答弁するのはカンタンではあるけれど、高濃度汚染区域を除染し線量を年間1mSv以下にまで戻すのは現実的には非常に困難。物理的にも、予算的にも、時間的にも早期の除染はきわめて困難。これは誰の目にも明らか。以下具体的に書いてみると、

1.物理的な困難

高濃度汚染区域においてはセシウムその他が化学的に様々な物質と結合するため、汚染された家屋や道路、草木、そして土にいたるまで撤去せねば線量は下がらない。そして福島第一原発から漏出した超高濃度汚染水が、地下水脈に到達しているのはほぼ確実。このままだと地下水脈経由で汚染が拡大していくのだけれど、地下水脈の流れをせき止める前例のない工事は物理的にきわめて困難。

2.予算的な困難

首都圏の小中学校のグラウンドをひとつ除染するだけでも2000万円なんて金額がかかっているが、高濃度汚染区域の除染には天文学的な予算が必要。単年度で手当できるような予算規模ではなく、現実問題10年、20年という単位で除染計画を立案し、1年あたりの予算枠を一定範囲内に抑えこまざるをえない。

3.時間的な困難

先日あった実験的な家屋の除染の報道によると、一軒の家屋を除染するだけで数十人日。マンパワー的にすべての汚染地域を一斉に除染するのは不可能であり、段階的に少しずつ除染していくほかない。そして何より、防護服の着用が不可欠な高濃度汚染地域においては、作業員の安全確保のため現時点では大規模な除染を行えない。5年、10年たち線量が下がり、作業員の被曝量が軽減されてはじめて除染を開始できる。

結論

感情論はさておき、現在避難区域に含まれている高濃度汚染区域を、5年や10年で日常生活可能な水準にまで除染するのは不可能。そして天文学的な予算が必要になることも不可避。避難区域の住人に代替となる住宅を提供し慰謝料を支払うほうがはるかに低予算で実行でき、なおかつ素早く生活の再建を行える。

3月以降、「避難区域には10年、20年人が住めない。」この事実を指摘した公人は誰もが世論の集中砲火を浴びてきた。しかしこれは事実なんだ。批判していた人たちの行動原理は善意かもしれない。とはいえその「善意」がありもしない希望を作り、今後10年、20年という単位で避難民を仮設住宅に押し込んでしまいかねないんだ。この現実をそろそろ直視すべき時期なんじゃないかな。

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【雑記】骨髄バンクに登録

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不定期で更新したりしなかったりなブログです、皆様こんばんは。

先日骨髄バンクに登録してきました。上記のリンク先から説明事項を読み、プリントアウトした登録申込書に必要事項を記入して持参。あとは最寄りの登録受付窓口に行き、2mlほど採血。なんとなくもっと大層なものかと思っていましたが、献血ルームに着いてわずか5分ですべて完了。もう少し涼んで居たかったので1時間くらい献血ルームのマンガを読んでから退出したのはナイショです。

この時期に骨髄バンク登録を思い立った理由はひとつ、原発事故です。目をそむけたくなる現実ではありますが、大規模な放射能汚染が起こったのは事実です。汚染された食品が全国的に流通してることもまた事実です。この結果生まれる健康被害の規模がどの程度のものになるのか、それは現時点ではいくつもの仮説が成り立つため断定はできません。しかし過去の事例から大なり小なり白血病が増加する方向に作用すると推測するのは妥当です。骨髄移植を必要とする人が今後更に増えるのならば、それ以前にドナー登録者を増やしておくのが有効だと判断しました。

私はこの事故に対しどのような態度をとるべきか、4ヶ月たってもまだ悩んでいる部分はあります。ただ、思うんです。同じリスクを背負い込んでる人間同士、対立するよりも協力しあうほうがかしこい場面っていくつもあるんじゃないかな。

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【書評】【英語】越前敏弥の日本人なら必ず誤訳する英文

越前敏弥の日本人なら必ず誤訳する英文 (ディスカヴァー携書)

越前敏弥の日本人なら必ず誤訳する英文 (ディスカヴァー携書)

著:越前 敏弥

出版社:ディスカヴァー・トゥエンティワン

発売日:2009/02/18

価格:¥1,050

発送可能時期:通常1~3週間以内に発送

(2011/07/03 17:30現在)

久々にブログ更新です、こんばんは。

さていきなり書評。本当に書評なのか怪しいけど気にしない。普段なら「この1冊を読めば分かります!」的な本は好きじゃないし読まないのですが、挑発的なオビを見て思わず手に取り、上写真の英文を見事に誤訳しちゃったもので大人しく観念して購入。

I waited for fifteen minutes – they seemed as many hours to me.

私の誤訳:私は15分待った。その時間は数十時間にも感じられた。

正  解:私は15分待ったが、それは15時間のように思えた。

正解を読んで誤訳の原因判明。asの存在を無視して訳してた。指示副詞のas。”I have as many books as you have.”とか中高生の頃散々読んだ構文と一緒。ここまで初歩的な英文法を完全に忘れてた自分に驚き。

ここは「もう何年も全く英語を使ってなかったからです!」とか言い訳したいところですが、冷静に思い返すに上記みたくそれなりに意味の通る程度の誤訳で、受験英語も英会話もテキトーに誤魔化してきた気がしてきました。むしろ分かってるつもりが前後の文脈からノリと勢いで訳してただけだったという事実。

ただこの本の著者が経験から収集、整理した、日本人が誤訳しがちな英文法のポイントはいやらしいくらいに正確。大抵の場合は英文法が持つ微妙なニュアンスをそれほど意識せずとも英文和訳はそれなりに誤魔化せるんだけど、中には日本語に訳しづらいニュアンスを明確に意識しないと誤訳してしまう場面はたしかにある。自分の無知や誤解を明確に示されると、逆に頭がスッキリしますね。

その中から私が高校の頃誤解し、そのままずっと今まで誤解したままだったポイントをひとつ。

I must read the book three times.

その本を3度読まなければならない。(自分でもそう思う)

I have to read the book three times.

その本を3度読まざるをえない。(自分はかならずしも望まないが、立場上しかたない)

mustは語り手(主語ではない)の主観的感情、have toは客観的状況を表すニュアンスがあるため、こうなる。

さてここで問題がひとつ発生しました。私は昔、mustとhave toのニュアンスを取り違えて覚えてました。それだけならまあいいのですが、学生時代に塾で英語講師のバイトしてた頃、世間知らずで自分は特別賢いと思ってた頃、生徒に自慢気に間違いを教えていた事実まで思い出してしまいました。

・・・

・・・・・・

ごめんなさい。

いやホンマ、生半可な知識で他人にモノを教えるもんじゃないですね。他人に間違いを教えてた事実がまだまだ出てきそうで、怖いです。

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